はるかぜ

気ままてきとう雑記。

車で尾鷲へ

 こないだ祖父母の健康診断があったのですが、
祖父のほうが、血便があったというので、
先々週の火曜日に、かかりつけ医の紹介があった医院へかかりに行きました。
先週の水曜日は一日検査のため、
「ビーカーに2リットル水を飲まされ」
(祖父談、前回もあって相当嫌だったらしく何度も言う)、
今週の火曜日に結果を聞きに行ったら、
特に異常を認めないし、別な箇所にあった出来物も良性、というので、
そのまま帰ってきました。

 どうも祖父は、
翌日も何かあるといかんというので、
水曜日の通所を なしにしていたらしい。
ところが、何もなかったために予定もなし、
天気は雨ということで、祖母も畑に出ないので暇。
火曜の夜に電話があり、
二見の水族館に行きたい、と言い出したのでした。
夏休みも終わり、ド平日の雨の日で、
まぁ人も少ないだろうとはいえ、
仮にも緊急事態宣言か何かが出ているわけで、
暇なのは分かった、
しかし、人のあまりいないところに行こうかということで、
尾鷲まで干物を買いに行くということになったのでした。
残念乍ら、私は下道しか使いませんので、
尾鷲までだろうが何だろうが、下道です。




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 まず初めに驚いたのは、
国道が県道に格下げされていたことでした。
松阪の大黒田西交差点から国道42号だったと記憶していたのですが
(というか、うちのカーナビがR42号のマークを出していた)、
県道160号になっていました。

 道の駅おおだいで昼ごはん。
祖母が弁当を作ってくれていました。
弁当を作るのは、私の大学卒業以来だそう。
多目的トイレもあるので、
祖父のおむつも替えてから弁当を食べ、
売店でおやつを買って、駅を出ました。




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 次は道の駅紀伊長島マンボウ
さっそくこういうところに目が行くのですが…買ったのは大内山フルーツ牛乳
大内山では足を止めなかったのですが、
せっかくなのでということで、
ここでソフトクリームを頼みました。
祖母は鮭やらエビやらを買い、
「正月に使う」と申しておりました。 鮭は昆布巻きやな。




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 ところで、鉄の話題に脱線…縁起悪いか…話が逸れるのですが、
フルーツ牛乳が、まーあれですよ。
うちの幼少期に見た能勢電の色そのもの。
車体のうすい色に、アクセントの橙色。
これこれ、と思って買ってしまったのでした。
5年前に自転車で熊野ゆきをした帰りに寄ったときの牛乳瓶は、
まだ大事にとってあります。
ここで会った60~70代のかたと、
4台連ねて荷坂峠をえっちらおっちら上ったのは、いい思い出です。




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 長島駅近くの交差点でたまたま信号に引っ掛かり、
何の気なしに写真を撮ったのですが、
平成27年度末で地域自治区が廃止されたため、
自転車で来た時と、ところの表記が変わっていました。
自転車で訪れたのは、まさにその廃止直後の5月末でしたので、
いろんなところで表記を変えていた最中だったんでしょうね。




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 さて、
私がまっすぐ国道42号を走るはずもなく、
国道42号からちょっと逸れて長島隧道を通り、
県道760号で銚子川沿いを走り、
国道425号で尾鷲まで下りました。
銚子川のごろごろした石や岩を見て、
こりゃあ部落の何某が喜ぶ、
売ったらいくらになるやろう、持って行くの大変そうや、
などと車内は謎の盛り上がり。
国道425号…2年半前から災害通行止なんですね…次の全線開通はいつになるやら…




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 午後3時ごろに、ようやく尾鷲駅に到着。
大学の期旅行で訪れて以来、尾鷲に来たらいつも行く商店で干物を買いました。
駅から歩いて1分もかからないのですが、
若干の勾配があるため、
祖父はマスク越しにしゅうしゅう言うほど息が上がってしまいました。
相当にのどが渇いたらしく、
帰る前にコンビニへお茶を買いに行きました。




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 熊野尾鷲道路の尾鷲北-尾鷲南間が8月29日に開通しました。
その福袋が売ってありました。
関係あるのかないのか…中身が気になる。
車検を控えていて、
500円くらいじゃ、何にも変わりゃしないでしょうけど、
財布の紐が相当かたかったため、買わずにしまいました。




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 帰りに、一応寄っておこうというので、
道の駅海山に寄りました。
ご近所さんの子供にと、お菓子を買う祖母。
うちはその会計の隣で、これを見ていました。
収集系って、ほんとなんか謎の吸引力を感じます。
1まい200円。
18駅あるそうなので、3,600円ですね…文字に起こすと改めて…いや、
皆まで言うまい。
友人に情報提供したら、早速本日車を出したそうですが、
ほうぼうに駅があるうえ、休館日の関係もあり、
結構骨のあるお仕事のようでした。 楽しそう。
でも、個人的には、
この張り紙の上にあった連絡線記念指定券のほうが、
デザイン的に刺さるものが…




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 帰りに寄った最後の地点は、マンボウの丘でした。
5年前の熊野ゆき自転車では、行きにここに寄りました。
そのときは雨上がりの朝5時半ごろだったかで、
もやで雲海になっており、
これはこれでわざわざ見に行って見れるものではないと、いい写真になったのですが、
やはり眺めが良いのも見ておきたいということで、今回も寄りました。
…といっても、この日も雨だったのですが、
帰りは小康状態になっており、
いちおう海まで見通すことができました。




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 ふと見降ろすと、JR紀勢本線の隧道が見えました。
中央より少し左下に写っている穴が隧道です…ぎりぎり鉄路が写っているかな。
自転車で行った時にも抱いた感想なのですが、
まぁこのあたりの隧道というのは、
えらいところに穿ったものだと、感心せずにはおれんなぁと思うのです。
いやだってあすこやで、ほんま。
ほーん、と感心していたら、
祖母は祖母で、国道横の崖の上方にかけて固めてあるコンクリートを、
「あんなとこによう作ったわ…」
と感心して見上げておったのでした。


 車内で祖父母に聞いたのですが、
尾鷲に行くのは、今回が初めてだったとのことでした。
橋杭岩に行ったことがあるのは聞いていたので、
てっきり尾鷲も熊野も行ったことあると思っていたのですが、
橋杭へは、大阪にいた時分和歌山経由で訪れたらしく、
大台や大内山といった松阪以南は未踏の地だったようでした
(伊勢・志摩は行っている)。
んじゃあ、次は熊野やねぇ…ただ、
祖父母を載せていくときは、時間のこともあるし、
せっかく尾鷲北・南が開通したので、
自動車道を使おうかな。

0に戻った累積使用時間

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…まずはこちらの画像を見て戴きたい。
その手のかたでなくともそこそこお馴染みの、
CrystalDiskInfoスクリーンショットである。
うちのPCに組み込まれているHDDのS.M.A.R.T.値だ。
使用時間は261時間…だいたい11日である。
ところが、電源投入回数に目を遣ると、476回となっている。
じつに、約33分にいっぺん電源を入り切りしている計算になる。
いくらOSの導入にてこずっても、ここまで酷いことはないだろう。




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種明かしである。
こちらは、上のスクリーンショットより16日前に撮ったものである。
そう…16日前までは、
「こいつ、あとひと月半くらいで満9ねんやん!」
って言っておったHDDなのである。
261時間前に、使用時間が零回帰してしまったらしい。
なんてこったい。
ちなみにだが、
PCは富士通のFMVS52CWKS、
2011年春の大学入学の際、必要で親に購入してもらったものである。
残念乍ら、
当時の13.3型というのは結構重く(本機はカタログ値で1.89kg)、
厚みもあったため、
大学1回生の一般教養の資料まるけになった鞄に入るはずもなく
わずか数週間でThinkPad X40に取って代わられ、
本機はファイルサーバ化し、今に至るというわけである。
どうでもいいついでだが、
購入当時のOSはWindows7だったのを、
大学がマイクロソフトと何某かの契約(なまえわすれた)をした際に、
文系学生に開示されたWindows Server 2008Windows Server 2008 R2へと入れ替え、
現在は、4回生の時に導入したWindows Server 2012が動いている。
Windows 8などといった通常のOSは、
理工学系の学生にしか開示されていなかった。 いやおかしいだろ
Windows Embedded 8.1は文系学生にも開示されていた)。

さて、冷静になって計算してみる。
前述のとおり民生機なのにサーバよろしく24時間稼働しているPCなので
(その証拠に、電源投入回数に変化がない)、
まったく純粋に時間は計上されていたはずである。

261時間前=10日と21時間前。
8月27日の23時ごろに回帰したことになる。
前回の記録は8月23日22時半ごろで、78086時間。
8月27日23時までは4日と1時間=78183時間。
あと29日と9時間で満9年ってとこで零回帰ですか…

 それにしても、
なにがどうしてゼロに戻ってしまったんでしょう…
ポケットピカチュウも、
ちょっと前に累計9999999歩を超え、0歩に戻りましたけど、
あれみたいにわかりやすい数字じゃあないのです…
いや、私が文系脳なので、気づかないだけかもですけど…
65535とかなら、さすがの私もわかりますけど、
78183時間…16進数にしたって13167、
ぜんぜんどうでもよさそうな値じゃないですか…
ぱっと見では、
現在値・最悪値が10以下になれなかったのでは…くらいしか思いつきません。

なんなんや…

微妙な間隔で記録をつけておいて、良かったような、
よかったような。
少なくとも、ほんとうの累積使用時間は迷子にならない。
満10年は目指せるのか。


…バックアップとっとこ。

下見に(林道安楽越線)

 こないだ、
何の気なしに…あれ、
なにをしてあのページにたどり着いたんだっけ…

そう、
ちょっと最近涼しくなってきたので、
鈍った体でも無理なく行ける距離として、石水渓が候補として挙がったのですが、
その石水渓へ続く県道を調べていたら、
県道の先が「林道安楽越線」となっていて、
「…林道なら行かない理由はない」
ということで、
予定を立てておりました。

しかし、当日、
朝は確かに晴天だったのですが、
嫌な予感がしたため、昼間で放っておいたらば、
やはり午後からは天気が崩れるか崩れないかといったところ。
しかたがないので、今回は下見ということで、
車で林道に乗り込みました。




安楽峠にて
 林道ですが、
まぁ、通りやすいし短いし、
特に見晴らしが良いわけでもなく、
淡々と県境まで走らせてしまいました。
国道25号線の加太越えが、ちょっこし狭くなったような感じでしょうか。
東海自然歩道ということもあって、
自転車であればちょうど良さそうでしたので、
今度気候天候が良ければ、ぜひ自転車で行きたいと思いました。

…車特有の問題かもしれませんが、
アブがやばいです。 アブが。
この季節なので、窓を開けて走っていたのですが、
県境で上の写真を撮って、車に戻ったらば、
車内も車外もアブが寄ってたかってしていました。
それこそ私が小学生のころ、
夏休みに車で川に連れて行ってもらったときは、
父にアブのことを散々言われたのですが、
すっかり失念しておりました。 反省。

 滋賀県側は林道ではなく市道扱いですが、
今回は下見というのもそうでしたが、
その後に予定が控えていたため、
さっさと帰って来ました。
自転車で行ったら、いろいろ見どころもあるかも知れんので、
楽しみにしています。

いまさらWindows 2000の更新を…

 しばらく、Windows 2000の導入とはご無沙汰だったのですが、
こないだ趣味で買ったパソコンが、ちょうどWindows 2000を動かしたい機種だったので、
重い腰を上げて、更新の下準備をし始めたのでした。
この順番に至った経緯(いきさつ)なんていうのを話しておると、かなり長くなるので、
まずは、やったことを先に取り上げたいと思います。

・準備するもの
(リンクは切れているものが多いですが、
正規かWSUS Offline Updateが引っ張っているところをピックアップしています)
[0]ネットワークに接続されているWindows 2000機(今し仮想環境がいいんでしょうね)
[1]WSUS Offline Update 6.6.5
[2]REG.EXE
[3]MSXSL.EXE
[4]STREAMS.ZIP
[5]WSUSSCN2.CAB
[6]Windows 2000 Service Pack 4
[7]Windows 2000 SP4 用の更新プログラム ロールアップ 1(KB891861)
[8]ルート証明書の更新ファイル(ROOTSUPD.EXE)
[9]DirectX 9.0c(2010年2月版)
[10]Windows Media Player 9
[11]Windows Installer 3.1(KB893803)
[12]Internet Explorer 6 SP1導入ファイル群のURL
以下、必要であれば、
[13].NET framework 1.1日本語 Language Pack
[13-2]KB867460KB971108KB979906
[14].NET framework 2.0 SP2日本語 Language PackWindows Installer 3.1(KB893803)KB835732
[14-2]KB971111KB974417KB979909

[0]PC環境ですが、メモリは384MB以上搭載しておいた方が良さそうです。
[2]REG.EXEは、Windows 2000の導入CD内\SUPPORT\TOOLS\SUPPORT.CABにあります。
他のバージョンから持ってきたREG.EXEだと、はねられました。
[3]MSXSL.EXEと[4]STREAMS.ZIPは、
WSUS Update Offline 6.6.5と同時期のものを用意します。
うちが使ったのは、[3]が1.1.0.1、[4]が1.56でした。
[5]WSUSSCN2.CABは、2020年7月14日署名のものを使いました。
[8]ROOTSUPD.EXEは、2012年11月3日署名のものを使いました(版数は37,0,2195,0)。
URLや更新ファイル群は、archive.orgを使って、頑張って探します。
あえて正規のURLを掲載したのは、
いじめでも何でもなく、
こういうことする人って、これも楽しみのうちですよねってことで…
面倒くさい性格ですみません(汗

・手順
(0).NET framework関連を導入するのであれば、
[13][14]を導入しておきます。
2.0のほうは、システム要件がSP4以上ですので、
SP4、ほかにWindows Installer 3.1、KB835732導入後の作業となります。

(1)[6]Service Pack 4の導入
(2)WSUS Offline Updateを任意のディレクトリ(以降[WOU]とする)に展開しておきます。
(3)[2]REG.EXEを、%Systemroot%\system32に複写します。
(4)[3]MSXSL.EXEを、[WOU]\binに複写します。
(5)[4]STREAMS.ZIPを展開し、STREAMS.EXEを[WOU]\binに複写します。
(6)[WOU]\staticにあるStaticDownloadLinks-ie6-jpn.txtに記述されているInternet Explorer 6 SP1のダウンロードURLを、有効なURLに書き換えます。
(7)[7]更新プログラム ロールアップ 1(KB891861)の導入
これで、WSUS Offline Updateで更新プログラムがダウンロードできるようになります。
(8)[WOU]\UpdateGenerator.exeで、更新ファイルをダウンロードします。
Service Pack 4は導入済みですので、レ点を外しておきます。
(9)ダウンロード完了後、
[9]DirectX 9.0cを[WOU]\client\win\glb
[13-2][14-2]を[WOU]\client\win\jpn
[10]WMP9と[11]Windows Installer 3.1を[WOU]\client\w2k\glb
[6]Windows 2000 Service Pack 4を[WOU]\client\w2k\jpn
に複写、
[WOU]\client\wsusにある既存のWSUSSCN2.CABを、[5]で用意したWSUSSCN2.CABで置換します。
これで、オフライン更新プログラムが完成しました。
(10)[8]ルート証明書の更新導入。
(11)[WOU]\client\UpdateInstaller.exeを使って、更新を導入します。
Automatic reboot and recallにチェックをしてから、Startします。


ここからは、なんがい余談です:

続きを読む

 さて、
三重県でも昨月21日の57件を皮切りに、
まー…新型コロナ感染者数がそこそこまずいペースで増加しはじめ、
4月26日に、おそらく2度めの「緊急警戒宣言」が発令されました。
おそらくて…
飲食店への要請もあり、
帰宅時に見えてくる飲食店は、
持帰りのできるマクド等、ごく一部を除き軒並み閉まっており、
いつもは明るい道が、暗く感じられます。

 要所要所のお休みシーズン後に、
毎度毎度これほど拡がっておるのを見ると、
まーた我慢でけんかったんだろうなぁ…と、
しみじみ感じています。
あたしゃ世間が休みの時は仕事なので、
どっこも行かりゃしまへん。
家電量販店勤めなので…
しかし、さすがに懲りた(?)のか、
それとも、集うところが休みになっていて、行く当てがないだけなのか、
このたびは、もうびっくりするくらいお客さんが来ない。
売上が上がらんことを、一介のパートタイム野郎が心配するこたないのですが、
やることを見つけるのがしんどいレベルで、お客さんが来られんのです。
いっそGWは休みにすりゃあええんでは…


 ただまぁ、
休みごとにお約束のように拡がるのを見るに、
人の集まるところは閉めたほうがいいに決まっておるわけで、
そして、
開いておったとしても、用事がなけりゃ行かんようにすればいいわけで、
この店の状況は、まぁええことの表れなのかな、
と、
文章を打ちながら思っています。

ナショナル バッテリークロック(モータ式自動巻)

 …悪い癖は治らないもので、
そろそろやめておかないと、部屋が時計まるけに…なのですが、
某所で面白そうな時計を見つけてしまったので、
うっかり手を出してしまいました。




ナショナルのバッテリークロック。
 ナショナルのバッテリークロックです。
ナショナルの電池時計と言われると、
こんな時計を連想するのですが、
こいつは、ジェコーの「モーター式自動巻き時計」の親戚っぽい立ち位置です。
「モーター式自動巻き時計」っていう商品名が巧すぎて、
ちょっとほかに表現が思いつかないので、
タイトルにも括弧書きで併記しちゃいました…
ただ、
ジェコーのロスコフ脱進機(ピンアンクル)と違って、
こちらはしっかりレバー脱進機を採用しているので、
ジェコー製と比べると、長持ちしそうな感じです。




地板にCITIZENの刻。
 ナショナルの銘を冠していますが、
実は、機械の一部はシチズン製です。
もしかしたら、全部シチズン製かもしれませんが…
脱進機構がユニットになっていて、別に外せるのですが、
地板に「CITIZEN」と打刻してあります。




組立て後の機械。
ついでに言うと、
モータはジェコー製です。
こちらも、モータの側に打刻してありました。
あれ、ナショナル要素どこっすか…

 今回、この時計は不動品として入手しましたが、
不動の直接の原因は、モータでした。
ブラシと接点を掃除して、
軸とベアリングを掃除して油を差したら、
いちおう動きました。
とはいえ、
機械もけっこう汚れていたので、
分解掃除しておきました。
ホゾ穴が広がっている箇所があったのですが、
今のところ運転に支障がなさそうなので、そのままに。




分解。
 ジェコーのモーター式自動巻き時計は、ロスコフ脱進機で音が出るし、
各社テンプ式トランジスタ時計は、
独特の脱進機構で秒針が揺れるので、音がうるさいのが多い。
その点、このナショナルの時計に関しては、
レバー脱進機を採用しているためか、比較的音が小さくていい感じです。
(私は時計の音で寝ているようなもんなんで、やかましくてもいっこうに構わんのですけど)

ただ、ジェコーが一枚上手かなと思うのは発條のほうで、
ジェコーが、切れとは縁のなさそうなピアノ線を採用しているのに対して、
ナショナルは、おそらく一般のゼンマイを使っているものと思われます。
思われます、なんて書きましたが、
この時計、けっこうはめ殺しが多くてですね…
あからさまに香箱っぽいのがあったので、ほぼ間違いないと思います。
ゼンマイを巻く間隔は、
ジェコーが2分にいっぺん、0.5秒ほどだったのに対して、
ナショナルの時計は…2時間にいっぺん、20秒ほど巻きます。 たぶん。
いや、長すぎて常用中に確認なんて時間忘れますって…
こんな仕組みなので、
ジェコー製に比べると、輪列にかかる力がかなり大きく、
ホゾ穴は通常のゼンマイ時計と同じように磨耗していくものと思われます。

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 某所っちゅうか、
某オークションで見つけてしまったわけなのですが、
Nマークもさることながら、
汚れた機械側の風防越しにモータっぽいのが見えて、
「BATTERY CLOCK」、
「モータ」、
4石ではなく「7石」、
…え、
これレバー脱進機なのでは…?
と思って、
おりしも、
シチズンが作っていたという、
レバー脱進機のトランジスタ時計を探していたというのもあって、
近いものを感じて居ても立っても居られなくなった、
というわけでした。
機械シチズンでしたけどね…!

平成23年3月11日という日

 30歳を目前にして、
体力の衰えを感じている善三郎です。
…実は29あたりから、
「こんなはずでは」
が徐々に増えてきておりましてですね…
職場のかた2人から、
口裏合わせでもなんでもなく、全く違うタイミングで、
「人間な、29あたりで変化を感じる」
というのを聞いておりましたので、
ほんまにこの頃あかん、
あれは本当やったんやな…と、
今年30になる私と、29になる同僚とで話しておりました。 やべえ。

 前置きはこのくらいにしておいて、
あれから10年が経ちました。
ブログを読み返したら、
平成23年3月11日は、どうも午前中に梅田へ出ていたようですね。
予備校関係かしらん…
ちゃんと記憶に残っているのは、
その日の14時ごろ、地元の郵便局に書留を出しに行った、ということです。
たしか…というかまぁ書留なんて大学宛にしか使ったことがありませんので、
おそらくこの時期ですから、
前期試験の成績開示かなんかを送ったんじゃないでしょうか。

14時39分のレシート。

それが14時39分。
郵便局から家へ戻り、
寝床の上で、あーつかれたなんて言っていたら、
急に眩暈がして、
(そんなに疲れてたかな…気持ちわる…)
と思ったそれが、地震でした。
こないだ車でラジオを聴いていて、
新潟のかたが「最初眩暈だと思った」とお便りを寄せていましたが、
ほんとう、
眩暈のような、ゆったりした揺れでした。

あのあと私は、
つながらない気象庁のHPへ、間隔をあけて訪れ続け、
潮位変動や余震の震源地などの情報収集をしていました。
仕事から帰ってきて、津波の映像を見て泣き出す母、
なんにも言えん雰囲気になったのを憶えています。
ブログ友達に仙台のかたもおりましたので、
コメントが書かれているのを見て大変安堵した、というのもありました。
3月には、初めて東京に行くなんていう計画も立てておりましたが、
家族が自粛モードになったため、すべて中止。
全国的にも自粛モードになる傾向があったようで、
一時期、「自粛ムード」というのが流行語になるのでは、
と思ったほどでした。

10年も経てば、記憶が薄れるのは当然です。
正直、去年あったことすら覚えちゃおりません。
ただ、じゃあ忘れていいのかと言えばそうではなくて、
兵庫県南部地震にしろ、
鳥取県西部地震にしろ(小学生の掃除時間で埃を頭にかぶった記憶が…)、
はたまた原爆や戦争のことにしろ、
大事なのは、何を憶えておくかってことだと思います。
記憶というと、風景を連想しがちで、
確かにそこにおったのであれば、思い起こすのもできると思うのですが、
新しい世代はそうもいかんわけで…
いくら言われても、
写真や動画を見せられても、
いまいち入ってこなかったりする。
じゃ、何を伝えていくべきなのか。
そこをしっかり考えておられる方々には、
ほんとうに頭が下がる思いです。